新しい自分になった
随分とご無沙汰してしまったが、私は生まれ変わった。
気持ち的に、というのはもちろんだけど、私は戸籍上、新しい人間になったのだ。
結婚した。結婚することができた。
この話をすると、ずいぶん遡らないといけないけど、
人生の節目なんだろうなと思って生きていた2023年頃に話は遡る。
会社を辞めよう、もう潮時だと思う。と思ってから、どういうスケジュールで会社をやめようかな、とか
次何をしようかな、とか考えていたところ、目前に独身の男性が現れた。
時間を共するうち、びっくりするほど感性が合うことってあるんだな、と思うようになった。
しまいには、彼の飼い犬の名前が「ルビー」だということを知り、
運命っていう事か。と思ってしまった。
でも不思議なことに、彼が独身であることを知った時や、会話や出来事の合間でいつも、
私はこの人と結婚しそうな気がする、と思うことが増えた。
これでもかというほど慎重な私が、何の根拠もなく「結婚するんだろうなあ」などと思うこと。
そんな不思議なことって起こるんだなあと思ったけど、
人生を変えたかった自分が、背中を押した部分も少しはある。
彼と結婚するんだろうけど、いつ頃結婚するんだろうか。
そんなふうに漠然と思いながら、互いの生活や互いの体調の浮き沈みなどを経て、一緒に暮らすことになった。
でも、こういうところは私らしいなと思うけど、私は一緒に暮らす時に懇々と、期限を決めて生活する、と宣言していた。
ダラダラとすると思うから、今年一年とか、年末までとか決めて、出ていくよ。
と宣言。
日頃の私の動向から、私は言葉にしたら実行する「有言実行」タイプだと思われている。
そのため、「いつ出ていくのか」ということを聞かれたので、
3ヶ月、と決めた。
始まりは、相手のぎっくり腰と、ネズミ事件だった。
彼の父の仕事の手伝いから体を酷使し続けた彼は、年末についにぎっくり腰を発症。
「ぎっくり腰になりました」という連絡を受けたのが年末だったのが不幸中の幸い。
会社もお休みに入っていたので、泊まり込みで世話をしないといけなくなったのだ。
そこで、一緒に生活するうち、彼がややストレスでメンタルもやられかかっていることに気づく。
これはまずいかもしれない
彼を一人にしておくわけにはいかない、と、ぎっくり腰要員としてではなく、少し話し相手にならないといけないと思い始めた。
そこで、1月の末からの3ヶ月間。4月末まで。ゴールデンウィークが始まるまで、ここに一緒に暮らしてみよう。と、宣言した。
そして、ゴールデンウィークには、実家の引越しが待っていた。
だから、いやでもその手伝いをしないといけなかったので、タイミング的にはピッタリだったのだ。
私は彼に4月末までの同居人ということになった旨宣言。その日から彼の小さな部屋で生活をしていると、
あれよあれよいう間に彼のご両親に紹介される。
初対面で、晩御飯をご一緒し、「結婚しなさいよ」と母から言われる彼。
彼は私と同じくらいの慎重な男なだけに大慌て。
そんなやりとりを見ながら、ダラダラするだろうけどこうやって結婚していくんだなあ、とやたらと私は冷静だったのを覚えている。
それは、フグ料理のお店。フグの唐揚げが美味しかった。でも、緊張して全然食べられなかったんだけど。
天美さんのご両親には、あなた会わせて貰ったの?
ご挨拶ちゃんとできたの?彼の母はいう、「早くしろ、きちんとしろ」と。
別にきちんとしてないわけじゃないだろう、っていうのが彼の反論だった。何しろ、一緒に住み始めてまだ3ヶ月経ってないんだし。
なんなら、付き合い始めて半年で住み始めたからね。
私は焦っていないけど、彼の母が毎日のように彼に電話してくるなり、会社に来るなりして「早くご両親に挨拶に行きなさい」とけしかけられていた模様。
それは後から聞いたけど、私がプッシュするよりもはるかに早いタイミングで畳み掛けてきたようで、頼もしい母でラッキーだなと思った。
流れって大事だなあ、と、私の両親に早くあわせる、ということになり、同棲期限である4月末などを更新する形で、
私の両親に彼を紹介することになる。
ただ紹介する気楽な会として機会を設けたものの、この後一気に「顔合わせはいつにしましょう」などと、両家の両親が結婚に突き進んだ。
当人たちは「籍を入れるなど、詳細は仕事がひと段落してからちゃんと話してご報告します」と言っているのに、
そんな声を掻き消す形で今度は、「籍入れるのはいつなんだ」という展開に突入。
いやあ、すごいわ。周りからこうやって固められるんだなあ
そんな呑気なことを言っていた。私は終始、「いつかこの人と結婚するんだし」と思っていたので特に抗うことなく、流されていくことにした。
「この流れにおとなしく流されよう」と思う私の横で、
最初は「籍を入れるのは仕事が落ち着いたら」などと言っていた彼も、「年内かなあ」などとはっきりと月や日にちを口にするようになっていった。
私はどこかで、仕事の忙しさに負け、籍を入れるのをダラダラと先延ばしにされ、事実婚で生きていくことになる未来もあるかもしれない、とも考えていた。
彼は仕事が忙しすぎて、その決心がついていないかもしれない。
はしゃいでいるのは、周りだけなのかもしれない。それより、私はどうなんだ、本当に覚悟はあるんだろうか。
そんなことを思うにも理由があって、
結婚することとは別の問題として、私はそもそも、「名前を変える」のが何よりも嫌だったのだ。
ふと、流れに身を任せたけれど私は本当にちゃんと結婚する覚悟はあるのか。
と問うてみる。
そして、
結婚するにあたって、その一番嫌な「名前を変える」決意を持てるんだろうか、と。そうして私はやはり、結婚しよう、と覚悟を決めた。
覚悟は決めたものの、やはり
日本のシステムとして、内心はやはり、「なぜ最初に初めて両親からもらったプレゼントである私の名前を捨てないといけないのか」という、世の中のシステムが受け入れがたい。
そんなことをなぜしないといけないのか。
結婚するかどうか、と夫婦別姓が認められないのは、別問題なんだよな、ということ。
事実婚というシステムもある、と思うけど、
その形をとることで自分の中で「いつでも結婚を解消する逃げ道」を用意しているような気がして嫌だった。
だから、それこそ、一番大切なものを差し出す覚悟ができているのかと自分に問い、「はい、だから籍はやっぱり入れないといけないのだ」という答えがあった。
入籍する日は、いつにしようか。
と決めていく中で、私は「お日柄の良い日がいい」と言い、そういうのを決めるのが楽しいんだろうから任せるよ、好きな日にしたらいいよ、などと会話するうち、
ああ、本当に結婚するんだなあとしみじみと噛み締めた。
こうして私は、年内最大の開運日の一つである、2024年12月26日に入籍した。
役所に行って、書類を出す。
不備がないことを確認され、「受理いたしました」と言われる。
え、これだけ。と思うほど、本当に”届出”だった。
受理された瞬間の彼は、「ああ、よかった」とホッとしていた。
不備があって差し戻されたら、開運日に入籍出来ない、と私がしつこく言っていたからかもしれない。
新しい名前になって、彼は仕事に行き、私は家に帰った。
氏名を変更する為の書類提出の数々、役所行脚。これを入手するために、まずはここに行き、この書類をもらい、次はここ。と事前に組んでいたスケジュールを見ながら動く。まるでドラゴンクエストだな、と思った。そして、マイナンバーカードや運転免許証が終わると、銀行と証券会社にも氏名変更届を出す段取りが始まる。
今や窓口も予約しないといけない。アポをとることからか、など、少し気が遠くなる。平日の15時までのアポなんて、会社を休まないといけないじゃないか。
というか、もはや仕事みたいだな、とも思った。
ロマンティックとは程遠い。
むしろ、私という存在を世の中で認めてもらうための作業って結構色々あるんだな、ということを噛み締める手続きが多かった。
でも、そうして名前を変えていく間に、いろんなことを噛み締めた。
状況に流されてここまできたけど、一つ名前を変え、また一つ新しい名前で公的書類を新調し、を繰り返した私は、徐々に自分の中の階段を一段づつ登っていく感じに近かった。一段づつ階段を登る。次のフロアはどんな所だろう?
今まで知らなかった世界が始まる。